【マンション内覧会同行(その1)】

以前、マンションの内覧会に同行して、オーナー(購入者)の方と一緒に引渡し前検査を行うというお仕事(サービス)をしていました。
ある会社から派遣建築士として依頼され、オファーの日時と私の都合が合えば、お受けするといった感じでした。

もう10年近く前になりますが、当時は新築マンションブームで、この時にいわゆる”タワマン”が多く建てられていました。

そのような状況でしたので、オファーは毎週のようにありました。
私自身は、約40件ほど見させて頂きました。

これは私自身にとって、とても良い経験になりました。

一番大きかったのは、それまでゼネコン勤務で現場の工事係や本社・支店の内勤業務でしたので、いわゆる”お客様”と直接、接する機会はほぼありませんでした。

仮に接触したとしても、発注者さんは”当該建築プロジェクトを遂行する”というある意味同じ目標を持ったパートナーとも捉えられるので、特に現場にいた当時は若年社員であったこともあり、発注者さんは“お客様”でありながら、私にとっては”上司”的な感覚として見ているところがありました。

しかし、この仕事は、オーナーさん(マンション購入者)は、概ね建築素人さんでこちらを全面的に信頼され、期待されている。
なおかつ、私にとって、(間にひとつ会社を挟んでいますが)内覧同行サービスを購入されている“直接のお客様”ということになります。
ですので、いつも、かなりのプレッシャーを感じて仕事をしていたことを思い出します。

そして、このプレッシャーは、2種類ありました。

ひとつは、文字通り“オーナーさんに対して”です。
オーナーさんに対するプレッシャーは前述の通り。
オーナーさんの不安を消し去り、しっかりオーナーさんに寄り添った期待に応える仕事をするというプレッシャーです。

そして、もうひとつが、“マンションを建設した施工会社・デベロッパーさんに対して”です。

施工会社・デベロッパーさんに対するプレッシャーとは、まさに"敵を目の前にして、これから一戦交える"というプレッシャーです。

誤解の無いように予めお話ししておきますが、私が施工会社・デベロッパーさんを"敵"と思ったことは一度もありません。
あくまで、この感覚をわかりやすく表現すると、『敵と一戦交える、何か試合前のような感覚だったよな~。』ということです。

私自身、現場で仕事をしていたものとして現場の苦労はよくわかりますし、内覧のこの日を迎えるために、大変な準備をしてきたこともわかります。
そうして迎えたこの日こそ現場としても本番で、オーナーさん同様、もしかしたら、それ以上にドキドキしていたかも知れません。

それなのに、いざオーナーさんを迎えてみたら、"オーナーさんに同行してきた建築コンサルタント"なんてものがいて、それは緊張感が高まりますよね?

『こいつ、何者だ?どんな奴だ?』
『何を言い出すんだ?』

という感じで。

どこの内覧に行ってもほぼ同じで、対応してくれた方は表面上はもちろんにこやかに接してくれましたが、眼の奥は全く笑っていませんでした。

お部屋の内覧には、施工会社・デベロッパーの担当者さんも立ち会うことが多くありました。
その時、私はできるだけ施工会社の、それもこの現場(マンション)の工事を担当した方に立ち会いをお願いしていました。
先方のシフトの関係などで叶わないこともありましたが、快く対応して頂けることも多々ありました。

現場の工事担当の方をご指名させてもらいますと、これまた先方により緊張感が高まるようです。
ですが、私はとにかく『せっかく見させて頂いて、少なからず何らかの指摘させて頂くことになるのだから、私の理解・解釈に誤りの無いようにしたい。また、指摘させて頂いたことが施工会社さんに確実に伝わって、勘違いの補修や対応にならないようにしたい。要はお互いしっかり状況を共有できた方がいいですよね?』という主旨を伝えて、理解してもらえるように努めました。
要は、"私は敵では無いですよ"ということを暗に意思表示していたというところです。

オーナーさんの受付が終わると、立会いの担当者さんが自己紹介されて、お部屋に案内されます。
その道中、わずかな時間ですが、私は担当者さんとなるべく言葉を交わすようにしました。
『この立地条件だと、資材や重機の搬出入は大変だったでしょう?』
『あ〜、それは厳しい工期でしたね。』
『私も現場に居たことあるのでわかります。』
などと一定の」現場経験があることを伝え、完成までの苦労を労うようなニュアンスで話します。

お部屋に入ると、大抵まずリビングに案内されます。
ざっとひと眺めして、
『丁寧にきれいに仕上がってますね。』
と声を掛けると、担当者さんもだいぶ表情は緩みます。
同時に、オーナーさんもホッと安心するようです。

“え?ちゃんと見ていないのに、いい加減じゃないか?”と思われる人もいるかと思います。
確かに、ひと眺めしての感想なので、しっかり見ていけば指摘事項が出てくるのはほぼ確実です。
しかし、当たり前ですが、オーナーさんの内覧当日なのに、部屋に入った瞬間に
『なんだ、これ?』
と感じるような状況は、そもそも完成しておらず、内覧に値しない状況だと言えます。
もし、何らかの事情でそのような状況であるならば、きちんとオーナーさんに説明をした上で、内覧日程のリスケをお願いするか、中間内覧として現状を見て頂くとするのか、いずれにしても事前に施工会社・デベロッパー側の誠意ある対応が必然になります。

であれば、当然の大前提として内覧会が行われているということは、内覧・検査に耐え得る状態であり、一見して"丁寧できれいに仕上がっている"という表現はある意味当たり前で、いい加減でも間違いでも無いということになると思います。

実際、和やかに内覧をスタートさせるということと施工会社さんとのいい関係を築くという意味で、この最初の掴みはなかなか良いやり取りだと思います。

(つづく)

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諏訪寛  (著) 形式: Kindle版