【建築プロジェクトにおけるフロントローディング】

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✔コストマネジメントとは

まず、改めて建築プロジェクトにおけるコストマネジメントについて確認します。

建築プロジェクトにおけるコストマネジメントとは、「建築事業におけるコスト有効性を向上させるために、コストの目標を設定し、その達成を図る一連の活動である」と定義されています。

“建築事業におけるコスト有効性”とは、消費されるコストと成果物である建築物が生み出す価値や効用の大きさとの関係のことを指しています。
具体的に言うと、「予算を効果的に使い、発注者が要求する建築物の価値を最大化する」ということになります。

コストマネジメントには、『コストプランニング』と『コストコントロール』という大きな2つの機能があります。

『コストプランニング』は、発注者が要求する建築物が発注者予算(目標コスト)での実現可能性を検証・確認しつつ、各項目の構成要素を適切に配分することにより、目標コストをより具体化し、計画する機能・作業のことを表します。

『コストコントロール』は、計画・設計段階、あるいは工事段階において、「計画通りにものごとが進んでいるか?」、つまり、「設計内容やその他のプロジェクトを取り巻く条件が目標コストと整合しながら進捗しているか?」を確認・調整する統制機能・作業のことを表します。

このコストマネジメントが効果的に遂行され、期待される成果をあげるには『ひと』『情報』『システム』の3つの要件が必要となります。

『ひと』(人材・個人)については、”マネジメントはチームで行うものである”という認識が一般的であると思います。
基本的にその認識は正しく、コストマネジメントを担当するコストマネジャー個人の能力というものは、ある意味限定的です。
従って、それぞれに専門性を持った人材・個人が有機的につながりチームを構成することで、プロジェクトがより成功に近づきます。
しかし、その中であって、マネジャーの資質としては、幅広く高度な技術・知識、そして人間力を備えていることが望ましく、人材の質によって当該プロジェクトの成果に大きな差がでることも事実です。

現在の複雑な建築プロジェクトに対応するためには、コストマネジャーを中心とした高度な能力を有する専門家集団による組織的なコストマネジメントが必要となります。
つまり、コスト・意匠・構造・設備・施工といった各分野のエキスパートからなるマネジメントチームの存在が、高度なコストマネジメントにとっては必要不可欠となります。

『情報』については2つの種類に大別できます。

ひとつは、コストマネジメントに“インプットされる情報”です。
具体的には設計図書に代表される設計情報とプロジェクトに関する各種情報になります。
特に設計の各段階でこれらの情報をどの程度の精度でインプットするかは、アウトプットされるコストの質に大きな影響を与えます。

もうひとつは、“アウトプットされる情報”、つまりコストに関する情報そのものです。
これは、インプットされる情報の質と様々なコスト関連の情報(実勢相場単価等)の質、そして、ツールである概算手法あるいは組織的な概算システムの質により、そのレベルに大きな差が生じます。
一般的に言われる”概算の精度”とは、このようなアウトプット情報の品質レベルを指します。

そして、この『ひと』と『情報』を効果的につなぎ、より価値の高い成果を導き出すのものとして『システム』が必要になります。

コストマネジメントにおける『システム』は、コストマネジメントを行う組織・仕組み・ルール・ツールで捉えることができます。
組織には各プロジェクトのチーム編成や責任とそれに伴う権限が含まれます。
そして、それを運営していくためのルールが明確に示されなければなりません。
特に、発注者と設計者およびコストマネジャーの関係も明確にしておく必要があります。
またツールとして代表的なものは、概算手法あるいは組織的な概算システムになります。
このツールの性能と使い方(設計プロセスと概算手法の組み合わせ等)がアウトプットされるコストの精度とコスト情報の利用価値に影響を与え、さらにはコストマネジメントの質を左右することになります。

✔成功するコストマネジメントとは?

そもそも、コストマネジメントとは誰のためのものでしょうか?

設計段階に限らずコストマネジメントは原則発注者に対する一連のサービスと考えられます。
発注者の予算で、発注者の要望する建物を建てる、施設整備をするのですから、これは当たり前ですね。

従って、コストマネジャーの視線の先には常に発注者がいます。
つまり、発注者とのリレーションを効果的に構築する組織と運営ルールが必要になるということです。
実際には、会議体の設営と運営、さらには意思決定のルール作りが重要となります。

このような会議体はコストマネジメントに限定したものではありませんが、一連のプロジェクトにおける様々なマネジメントにおいて、特にコストは発注者にとって最も重要な要素であるということを認識し、主体的に関わるよう常に発注者に働きかけることが必要となります。

また、プロジェクトにおいて次に重要なプレイヤーは設計者になります。
もっとも、極論すれば、発注者と同じくらい重要なポジションと言えます。
この点からも、コストマネジメントとは、切り口を変えて言うならば、設計プロセスマネジメントであると言えます。

設計業務は、設計内容と発注者予算の整合性を図り、さらには設計スケジュールを含めて設計のプロセス自体をマネジメントしていく必要があります。

設計者自身がコストマネジャーも兼任していれば問題は少ないと思われますが、他にコストマネジャーがいる場合には、設計者とのリレーションが非常に重要になると考えらえます。

何故なら、コストとデザインは利益相反の関係になることも多く、コストの専門家は設計者にとって頼りになるパートナーである反面、自分の思いにバッサリとメスを入れるような冷たい存在になり得るという印象を抱いているところも多々あります。
従って、コストマネジメントを効果的に進め、発注者に最大のバリューを提供するためには、発注者の思い、設計者の思いを十分に理解した上で、最適解を導けるようなコストマネジャーの存在も含めて、三者の関係がバランスよく有機的につながるような仕組み作りが重要となります。

また、意匠設計だけではなく、構造設計や設備設計(あるいは施工計画)の担当者とも同様のリレーションが欠かせません。
特に構造計画(施工計画との関連する)は建築物のコストに大きく影響し、また最近は環境およびBCP(事業継続計画)に関するコストウエイトが増大しています。
そして、それらのいずれも設計の早い段階で方向性を決定することが重要であり、構造設計者や設備設計者あるいは施工計画担当者の早期参画が必要となっています。

✔フロントローディングが重要です

”製品の設計作業が20%進んだ時点でコストの80%を決定する要因が決まっている”というパレートの法則は、そのまま建築物にも当てはまるものと広く認識されています。

いわゆるフロントローディングという考え方で、建築におけるプロジェクトマネジメント・コストマネジメントについても、設計の初期段階、企画設計段階や基本計画段階から、これに目を向ける必要があります。

”プロジェクトが20%進んだ時点で、(コストに大きな影響を与える)80%を決定する要因(仕様・概要)が決まっている”ということを意識することが重要になってきています。

事業構想・企画・基本計画段階は、事業の成立性を検討するフィジビリティスタディのための初期の概算、そしてその後の目標コスト設定・コスト配分が中心となります。

このような段階においては、設計情報も非常に限られていること、あるいは時間的な制約などから、当然のように延床面積当たりの単価を使った概算(床面積法)が多く用いられてきました。
しかし、このような概算による金額が事業予算をオーバーした場合、どのようにして事業性成立の意思決定をするのか、方向修正を含めた改善の手立てがあるのか、といったその後の展開は見えにくいものとなります。

特に、少し概要が見えてきた基本計画段階は、設計の基本的な方向性が定まる段階であるため、様々な項目についての複数の検討案の比較や全体概算に最も注力する段階となります。
そのため、この段階では可能な限り精度の高い概算を行う必要があります。

基本設計に入る一歩手前で設計内容と目標コストの整合性を図ることは、当該プロジェクトにおけるコストマネジメントの成功を保証するポイントになります。

ただ、前述の通り、この段階での精緻な概算コスト算定は非常に難しく、過去のトラブル事例を見ても、この段階でのコスト精度に問題があった例が非常に多いと言わざるを得ません。
この段階で、いわゆる“坪単価”である延床面積当たりの単価を使った概算(床面積法)を採用することは、コストコントロールの本質から見ても、問題が多いと言う証明になっていると考えます。

プロジェクトの流れとして、基本設計段階においては、基本計画段階で方向性が定まれば、その進捗状況に応じて設計内容の変化とコストの関係をフォローすることに重心が移ります。
そのためには、発注者・設計者とコストマネジャーは常に連携・情報共有できる体制にある必要があります。

そして、基本設計終了時に詳細な概算を行い、実施設計への移行を確定します。
実施設計段階も同様に設計内容のフォローは必要ですが、ここまで密度高くコストマネジメントを実施していれば、精算積算は非常に早く正確に行うことができると思います。

ここまで、精度高くコストコントロールができていれば、施工者選定においても大きなトラブルなく、最適な施工者が選定できるものと考えます。

このように、一連のプロセスを改めて見返すと、概算コスト算出において従来行われてきた手法に一定の問題があること、さらに作業フェーズが一段階ずつ早まってきていることがわかります。
特に、基本計画段階において、意匠設計者のみならず構造設計者および設備設計者あるいは施工計画担当者の参画を促し、早期に課題を解決するフロントローディング型の設計手法を採用することは、疎密度の程度はあるものの、項目・数量を一定範囲で積み上げる概算コスト算出に非常に効果的であると言えます。
プロジェクトおよび建築物の特性とコスト内容の特性を総合的に分析したうえで、実現性を高めるためにもこのプロセスのさらなる精度向上に取り組むことが望ましいと言えます。

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